2012年8月6日月曜日

Graspp 東北ボランティア 2012


東京大学公共政策大学院、初の東北公式訪問
 東大の公共政策大学院の公式プログラムで東北にボランティアに行ってきた。
 今回の訪問は、ハーバードやイェールが東北を訪れる中、東大が行動を起こさないことを疑問に思った留学生のイニシアティブで始まったプロジェクトだ。

◆現場に体を置くこと、そこから進んで制度を改革すること
炎天下の小石拾い、30人で本気を出して一日を費やして、50メートル四方の小石を拾うのが精いっぱいだった。しかし、小石を拾わないことには、地形変動により十分な水の取得が難しくなった地域で畑作を行うことは難しい。なぜなら、小石によって根菜の形が変形し、売り物にならなくなってしまうからだ。
現場では、少しずつでも確実に何かの仕事を進めることができる。そこには充実感がある。現場には、いい顔をした若い力が少しずつ集まっている。
一方で、日々の活動に忙殺されてマクロな視点からの構想や制度設計を行うのは難しいと感じた。東北の状況で言えば、そもそも農地としての復旧ができるかどうか定かでないところで農地復旧のためのボランティアが行われていたり、補助金が復旧のためにしか使えなかったりする。どの地域を復旧させるか、どの地域を復興させるかという全体像を描く力が日本には欠けているように思えた。復興庁には行政指導の権限しかなく、復興に関する窓口はトピックごとにバラバラである。現場での先進的な取り組みは民間に主導してもらうとして、全体的な戦略を描き制度を整えることが必要だ。この点に対しては特に、政治家がイニシアティブを発揮すべきだと思う。現場の利害調整に基づき、復興に向けたビジョンと実質を伴った組織構築に向けて行政府を再編するのは政治家の役割だ。日本は、政治の力をより高めるべきではないだろうか。
◆公共政策は誰のためにあるのか
今回最も心に残ったのは、奥さんを失った町長のお話だ。「世界一美しい街を残したい」。指に光る結婚指輪を見た時は泣いた。東北は千年に一度の規模の災害に見舞われたが、そこに生きる人々は、心の傷を抱えながらも、力強く前に進もうとしていた。
「公共政策は誰のためにあるのか。」「私たちはPolicyRobotではない。」今回の訪問で留学生が熱く語ってくれたメッセージだ。災害への対応に国境はない。日本にリソースが足りなければ海外からもってくればよい。重要なのは復興にかける想いだということを学んだ。
一方で、国の政治や行政を司るものは、現場に対する強い共感を持ちながらも、国全体を見据える視点や政府の限界を意識する視線を持つべきだと思う。共感だけが先行して日本の財政状況を無視して財政支出を行えば、将来世代にさらなる財政負担や国債リスクを先送りすることになる。幅広い視野からなすべきことを考え抜き、実行していく政策専門家となるべく、自分は努力を続けていきたい。

◆公共政策を学ぶ者の社会的責任
自分も、今後の東北プログラムの発展に取り組んでいきたいし、これから東大の公共政策大学院に入学してくる学生も、Grasppの東北訪問プログラムの発展に向けて留学生と協力してイニシアティブを発揮してほしい。また、今回東北大学の公共政策大学院の学生と交流したことは本当に刺激になった。公共政策大学院の学生同士のネットワークや交流の機会ももっと拡充していくべきだろう。
留学生と話して改めて認識したことだが、今、世界で政治や行政に対する不満が高まっている。変わりゆく世界に対応して行動を起こしていくのは、公共政策を学ぶ私達だ。
義を見て成さざるは勇なきなり。この言葉をモットーに、自分を駆り立てていきたい。

※参考①
http://www.pp.u-tokyo.ac.jp/students/board/2012/05/bb20120531a.htm

※最近思ったこと
 日本は日韓関係の緊張をエスカレートさせるべきだろうか。ロシアと中国に比して韓国は最も日本と政治、安全保障上の利益を共有できる国で、共にアメリカの同盟国だ。つい最近までは情報と物資面での防衛協力協定を結ぼうとしていた国である。その国に対して、ロシアに対するよりも厳しい対抗措置を採り続けていくことが日本のためになるのか。日本政府がやるべきは国民の目を外に向けさせることだろうか。復興やTPPの方がより日本にとって優先度の高い課題ではないのだろうか。

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